大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)1920号 判決

弁護人Oの控訴趣意第三点及び弁護人Iの控訴趣意第二点中それぞれ理由不備を主張する部分について。

公職選挙法第百八十七条第百九十七条等によれば、公職の候補者その他の者は一定の条件のもとに選挙運動の費用を支出することができ、また公職の候補者又は出納責任者と意思を通じてその費用を支出した者はその弁償を受けることができると解されるから、これらの支出又は弁償の趣旨で金銭が交付された場合には(同法第百八十七条第一項違反の問題を生ずることは別として)、同法第二百二十一条第一項各号の適用はないといわなければならない筋合である。しかしながら、実際においては、このような趣旨の金員と同条項に該当する不法な趣旨の金員とをその数額においてはつきり区分することなく漠然一括して授受することも往々行われるところであつて、かかる場合には違法な部分と違法ならざる部分とを区分することは性質上不可能なのであるから、結局その授受された金員全体について前記第二百二十一条第一項の罪が成立すると見るほかはない。いま論旨指摘の原判示各事実についてこれを見るのに、原判決は、その第一の事実においては「同人のための選挙運動費その他報酬等一切を含めて…………供与を受け」と判示し、第二の事実においては「前同趣旨の下に…………供与を受け」と判示し、その第三の事実においては「同人のための運動費手当等の趣旨の下に…………供与した。」と判示しているのであつて、前記のように違法な趣旨の金員とその他の金員とを不可分に一括して供与を受け又は供与した事実を判示したものと認めることができる。従つて右の判示は公職選挙法第二百二十一条第一項第四号又は同項第一号の罪となるべき事実の摘示として不備なところはないといわなくてはならない。なお、論旨は、「報酬」「手当」といつても、単なる労務に対する報酬を与えることは選挙法上許された行為で、前記法条所定の罪を構成しないと主張するけれども、原判決の用いている「報酬」「手当」の語を他の判示部分(たとえば原判示第三の金員の供与を受けた者が大島候補の選挙運動者であつたという記載など)と対照して読めば、右は単なる労務に対する報酬(日当)を意味するものではなく、選挙運動に対する報酬を意味するものと解するに難くないから、この点においても判決理由としてあえて不備なものということはできない。よつてこの点の各論旨も理由がない。

弁護人Oの控訴趣意第二点及び弁護人Iの控訴趣意第四点について。

原判決が原判示第一の事実を認定した証拠として、被告人の検事に対する六月十二日附供述調書のほか

一、証人大島秀一の原審公廷における「被告人は巻町の選挙事務所責任者となつて貰つたが、昭和二五年四月東京の証人宅で五万円か十万円渡した」旨の供述と

一、大島秀一の検察官に対する第一回供述調書謄本中「三、四月と思うが判示責任者の被告人に東京か巻町大島政市方かで確かに千円札十万円を渡した記憶あり、渡した私の心境は、この選挙に沒頭すると被告人は店もあるし楽でない事を知つているから、五月中の收入位は保障してやらねばならぬのと、ゴロ新聞等を適当に始末してもらうに金がいると思つたからである。勿論使途も指示せず、金員授受の書面も交さない。」

旨の供述記載(特に第一三項)

とを挙示していることは所論のとおりである(原判決はその証拠欄の冒頭にこのほか被告人の原審公廷における供述を挙示しているが、一件記録について右供述の内容を見るのに、原判示第一の事実に照応する部分は全然存在しないから、右の供述はこの事実を認定した証拠とする趣旨でなかつたものと認める。)そして、右のうち被告人の検事に対する供述を録取した六月十二日附供述調書には、被告人が原判示のように昭和二十五年五月七日頃候補者大島秀一の実兄である巻町の大島政市方で大島秀一から金十万円の交付を受けた旨の供述の記載があるのであるけれども、証人大島秀一の原審公判廷における供述は前記のように同年四月に東京の同人宅で被告人に金員を渡したというのであつて、日時及び場所において原判示事実と相違があり、しかも記録に徴すると、同人は右の供述をする直前原判示の日及び場所で被告人に金十万円を渡した記憶はないと供述しているのであるから、原判決が証拠として引用した前記の供述部分は原判示第一の事実とは別個の事実を述べているものと認むべきであつて、右原判示事実を認定する証拠とはなりえないものであるといわなければならない。

次に、大島秀一の検察官(検事)に対する供述を録取した第一回供述調書謄本の記載中原判決が証拠として挙示した部分を判示事実と対照して見るのに、同人が被告人に交付した金員の額については両者符合しており、また金員交付の場所に関しても認定事実と右供述との間に必ずしも矛盾はないが、その交付の時期については一は五月七日ころといい一は三、四月と思うといつていてそこに約一、二箇月の差が存するのである。もとより同一供述のうち裁判所が他の部分を信用して日時の部分だけを供述者の記憶が不確かであるとし又は虚偽の陳述であるとして措信しないことも一般にはありうることであつて、その場合には日時の点以外の部分を採つて証拠とすることも当然許されるのであるけれども、本件の場合のごとく選挙に際し候補者が原判示のような趣旨で選挙事務所の責任者に金員を交付するというようなことは、たとえそれが金十万円というような金額であるとしても、必ずしも一回に限るものではないとも考えられるから、はたして右の供述にいう十万円が原判示の十万円と同一のものであるかどうか一概に断定することができないともいえるし、特に本件の選挙では公職選挙法が昭和二十五年五月一日から施行された関係上金員の交付の時期が同年四月以前であつたか五月一日以降であつたかは重要な意味を持つことがらなので、大島秀一としては五月七日頃になされたといわれる金十万円交付の事実を全然否定する趣旨で右の供述をしたものであるとも考えられないことはない。そうであるとすれば、この供述調書を前記認定事実の証拠とすること自体なお十分な検討を要するものであると同時に、少くとも原判決の理由中に原裁判所がわざわざ「三、四月と思うが」と摘録しているところから見れば、原裁判所はその時期に関する供述部分までこれを措信すべきものとして事実認定の用に供しているものと見ざるをえないのである。すなわち、原判決が同供述調書中採つてもつて証拠としたところのものは、原判示事実とは異なる事実に関するものであるといわなければならない。しからば、原判決は、その第一の判示事実を認定するに足る内容を有する証拠(被告人の供述調書)とこれを認定する資料にならない証拠(大島秀一の証言及び同人の供述調書)とを併せて右の事実を認定したことになるのであつて、かくのごときは事実認定の法則に違背するものであり、この点において証拠上の理由にくいちがいがあるものであるのみならず、大島秀一の右各供述その内容上被告人の供述調書中の自白を補強する証拠となりえないこと右に説明したところから明らかであるから、原判決はこの点につき被告人に自白を唯一の証拠として罪となるべき事実を認定する違法を冒したことにもなるといわなければならない。そして、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はすでにこの点において破棄を免れず、論旨は理由がある。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!